ノーカントリー

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ノーカントリー/NO COUNTRY FOR OLD MEN(2007、アメリカ、122分)
●原作:コーマック・マッカーシー
●脚本・監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
●出演:トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン、ウディ・ハレルソン、ケリー・マクドナルド、ギャレット・ディラハント、テス・ハーパー、バリー・コービン、スティーヴン・ルート、ロジャー・ボイス、ベス・グラント
唐突に終わる。
おそらく見た人全てがこの唐突な終わり方に戸惑うことになると思う。
1980年、アメリカ・メキシコ国境周辺を舞台に繰り広げられる大金を巡る壮絶な殺戮劇。
具体的に殺し合いを演じるのは殺し屋アントン・シガー(ハビエル・バルデム)と金を拾ったルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン) だが語り手はトミー・リー・ジョーンズ演じるエド・トム・ベル保安官だ。
始まりも終わりもエドの語りだし、原題も『NO COUNTRY FOR OLD MEN』=老人には生き辛い国になった、老人の生きる場所はない、この国に老人はいらない、、、とかそんな感じの意味でトミー・リー・ジョーンズの語りに説得力を持たせている。
だからシガーとルウェリンの闘いをメインとしたスリラーと捉えると戸惑うことになる。
といっても邦題のせいだけじゃなく映画自体もかなりスリラー色を前面に押し出して進むのでしょうがない。
冒頭からシガーがとにかく殺しまくり。
保安官の首を自らの手錠で締め、逃げるための車を奪うために通りがかりの人を謎の武器でズドン。
(あの武器はガスボンベを使ってメタルロッドを額に撃ち込むもので銃弾は残らない。ドアの鍵も簡単に開けられる。元は牛の屠殺用らしくエドが別のシーンで説明している。)
ガソリンスタンドのじいさんとのやり取りなど、殺し方以上にその人間性も恐ろしい。
このシガーの異常さに引っ張られてエド保安官のことはほとんど頭から消えた。
シガーの怖さは殺人をなんとも思っていないことにある。
平然と人を殺す。
冒頭、ただ人を殺してみたかったという理由で殺人を犯しエドの証言で死刑となった若者の話の中で
「最近の犯罪は動機も目的も理解できない。
保安官になった以上いつでも死ぬ覚悟はできてるが、自分で探してまで理解不能な犯罪に向かい合いたくはない。
でも昔の保安官だったらなんと言うだろう。。」
とエドは語った。
シガーに殺される人たちは皆口を揃えて言う。
「殺す必要はないぞ。おれは雇われの身だ」
「私を殺す理由はないはず」
金の奪い合いと殺し合いはアッサリとケリが就く。
ルウェリンは殺され金は奪われた。
だが明確に誰に殺され、誰が金を奪ったのかは描かれていない。
もしかしたらシガーとは別の組織なのかもしれない。
このあたりは『ブラッド・シンプル』とか『ファーゴ』の匂いを感じた。
ただモーテルに入ってきたエドをなぜシガーは殺さなかったのだろう。
そこだけは謎である。
この映画は金と殺しというスリラーの軸と、それを客観的に見る老人という軸二つがある。
構造的に『セブン』に似たものがあるがあちらはよりスリラー寄りである。
こっちはタイトル通り、老人のあきらめや無力感に焦点を当てている。
だからこそここまで残虐性を持たせたのだろう。
「なぜ辞める気になった?」
「俺ではもうダメだ」
というやり取りが象徴的だ。
老人が保安官を辞めた一方で、逃げる殺人鬼は自動車事故に遭い、若者に助けられる。
まるで正義は消え、暴力は助長され悪がはびこることを暗示するようなラストでゾッとした。
舞台は1980年。今もうすでにそうなっているんだということが言いたかったのだろうか。

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